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投稿者: webmaster 投稿日時: 2021-4-18 9:30:33 (907 ヒット)

インスウオッチ Vol.1069 2021.04.19 https://www.inswatch.co.jp/

前回>http://cho.eforum.biz/modules/news/article.php?storyid=180

 「FIRE」とは「Financial Independence, Retire Early」の頭文字で、投資によって経済的に自立、早期に引退して、自分のライフスタイルにあった暮らしをするという、ミレニアル世代に起こっているムーブメントで、その影響もあってか、若い世代に投資に対する関心が高まっています。

労働に縛られ続けない人生「FIRE」とは?セミリタイアに必要な資産
https://miraisozo.mizuhobank.co.jp/money/80216

 「FIRE」はあくまで豊かな人生を楽しむことが目標で、従来の引退が仕事を離れ悠々自適のイメージですが、楽しく仕事を続けることも選択枝に入れているようです。私自身も独立に当って≪知的で心地よい生活≫をテーマに、≪生涯現役≫を目指そうと考えました。

 私が「FIRE」を目指したのは、アブダビで原油開発に関わった時に、イギリスから派遣されて来ていた操業会社のGMが、50歳でのリタイヤーを指折り数えて楽しみしている姿をみて触発されたためで、それから株式投資についての勉強を始めました。

 勉強でたどり着いた答えが、会社四季報でファンダメンタルズ分析を行ない、銘柄を選択、ポケコンのPC1500でテクニカル分析を行ない、買いと売りのタイミングを図るというもので、毎週土曜日の午前中、BASICで組んだプログラムに週足を記入して、分析を行なっていました。

 ファンダメンタルズ分析とテクニカル分析の使い分け
https://www.higedura24.com/entry-funda-tech-point

 1980年代はバブル景気で株価は基本右肩上がりで、株式投資にとって大変恵まれた環境でした。その中でブラックマンデーとバブル崩壊という2つのショックがありましたが、テクニカル分析のお陰で損害を少なく抑えられ、ある程度の成果を収められました。

 1980年以降の日経平均株価の動き(月末値)社会実情データ図録
http://honkawa2.sakura.ne.jp/5075.html

 最近はAI株価見守りサービスといった便利なツールも出てきていますが、さすがこの年になると個別の銘柄を追いかけるのはしんどくなっているので、現在は投資信託をいくつか組み合わせて運用しています。

AI株価見守りサービス
https://www.smbcnikko.co.jp/products/stock/aimonitoring/

 AIの株価予測の精度に興味があるので、3年前よりファンドマネージャーが運用している定番のいわいるファンドラップとAIが運用している老舗のファンドを対比してウオッチしています。

今回のコロナショックへの対応では、AIがファンドマネージャーに若干位負けといった感じがします。最近若者の間でロボアドが人気ですが、AIがコロナショックの学習効果で実力をどう高めて行くか注目です。

ロボアドバイザー(ロボアド)とは?
https://minkabu.jp/beginner/basic/38.html

 株式投資など投資を行なう前提は先ずは貯蓄ですが、基本は≪入るを計りて出ずるを制す≫で、私の場合は給料天引きの高金利の社内預金制度でした。新日鉄には、身分保証で転職といったような形で様々な楽しい経験をさせてもらい、お金の面でも色々と充実した支援があり、大変感謝しています。

確実にお金を貯めたいなら「先取り」貯金! 預貯金・iDeCo・NISA
https://fp.moneyforward.com/articles/8

 1994年に「FIRE」を何とか達成、生涯現役を目指して、コンサルタントとして独立準備に入ります。
 
(経営数理研究所代表 インスウオッチ客員研究員)

 次回> http://cho.eforum.biz/modules/news/article.php?storyid=182


投稿者: webmaster 投稿日時: 2021-4-3 10:20:33 (801 ヒット)

インスウオッチ Vol.1069 2021.04.05 https://www.inswatch.co.jp/

前回>http://cho.eforum.biz/modules/news/article.php?storyid=179

 私の古巣の日鉄は現在コロナ禍で苦戦していますが、1985年のプラザ合意後の円高不況で設備集約に追い込まれ、私は過去の経験を買われ、遊休化した堺製鉄所の開発プロジェクトを担当することになります。

日鉄、プラザ合意並みの能力3割減 高炉2基も一時休止
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58902170Y0A500C2TJC000/

 鉄鋼業の苦戦をよそに、世の中はバブル景気に浮かれていて、大阪都市圏で開発規模が約200ha、東京ドーム40個分という魅力にひかれて、国内外から様々な提案があり、連日のミーティングや会食でバブルを謳歌しましたが、最終的にはUSJを核とした街づくりで進めることにしました。

USJ開園までの道のり
http://park14.wakwak.com/~usj/rekishi01-03.htm

 残念ながら諸般の事情でUSJの誘致はなりませんでしたが、大変楽しく貴重な経験をさせてもらいました。その時出会ったのがF1レーサー鈴木亜久里のCMで鮮烈デビューの東芝ダイナブックでした。ダイナブックはシャープの傘下になりましたが、ビジネス用Note PCとして今も健在です。

満を持して誕生した「The Note PC」=dynabook Gシリーズの魅力
https://www.itmedia.co.jp/pcuser/articles/1906/11/news001.html
鈴木亜久里CM(バブル時代の雰囲気が味わえるCM 音がでます!)
https://www.youtube.com/watch?v=nGZw6rJjYGo

 バブルで地価と建設費がウナギ登りになる中、土地利用のパターン、USJの集客予測、開発前後の地価想定、開発利益の自治体(大阪府・堺市)やUSJへの還元条件などを考えながら、ダイナブックで表計算ソフトのアシストカルクを使い倒し、様々なシミュレーションをしました。

ビジネスネットワーキング(16)表計算ソフト 保険毎日新聞連載
http://www2.biglobe.ne.jp/~cho/columnBN/mainichi16.htm

 ダイナブックは、実は欧米で成功したモデルの逆輸入機で、パソコンは日本の外では、全くの別世界が展開されていました。IBM PC互換機の世界で、IBMが1984年に発売した「PC/AT」と互換性のあるパソコンが、事実上の標準(世界標準)となっていて、ダイナブックはその流れを汲んでいます。

『IBM PC互換機』:PCを独占から救った敵対的相互運用性
https://p2ptk.org/monopoly/antitrust/2712 

 NECのPC98は、日本語の壁に守られて独走していましたが、日本語をソフトウエアで処理できる技術が開発され、水平分業でコスト競争力を持つようになった世界標準機にその座を明け渡すことになりました。

国民機パソコン、その誕生から引退まで(後編)
https://bit.ly/3sB9MdS

 日経ビジネス最新号(3月29日)で、1994年に我が国最初のインターネット接続サービスを始めたIIJの鈴木幸一会長が、ビジネスを地球儀で考えなかった、振返れば後悔8割と率直に話されています。ITの世界では1億人のマーケットサイズは微妙な数字のようです。

 今回国内でPC98並みの成功を収めたLINEが、ソフトバンクの傘下になり世界展開を強化しようとする矢先に、国内回帰を迫られることになりました。開発力の低下とコストアップで、折角のチャンスを生かせず、またしてもPC98などの轍を踏むのではないかと危惧しています。

LINE個人情報問題でユーザーにとっての「本当の不利益」とは何か
https://diamond.jp/articles/-/266589

 新日鉄での最後の仕事を終えて、IIJがインターネット接続サービスを始めた1994年にサラリーマンを卒業、独立することになります。

(経営数理研究所代表 インスウオッチ客員研究員)

 次回> http://cho.eforum.biz/modules/news/article.php?storyid=181


投稿者: webmaster 投稿日時: 2021-3-20 11:36:53 (863 ヒット)

インスウオッチ Vol.1069 2021.03.21 https://www.inswatch.co.jp/
前回>http://cho.eforum.biz/modules/news/article.php?storyid=178

 大連育ちの母親が北京の街を颯爽と歩く写真が残っています。タイピストとして満鉄に勤めていて、父親と社内結婚して私が生れましたが、タイピストは女性にとって当時花形の職場だったようです。

 和文タイプは20世紀初頭に開発され、長らく使われていましたが、あくまで文書の清書用で、私が入社してからしばらくは、稟議書など社内文書は依然手書きで、字の下手な私は代筆探しに苦労しました。

その環境が劇的に変わったのは日本語ワープロ機の出現でした。ワープロは1978年に登場以来、わずか10年で600万円超から10万円台へと、個人でも手が届く価格になり、爆発的に普及しました。

【東芝】 JW-10 1978年に我が国初の日本語ワードプロセッサ
http://museum.ipsj.or.jp/computer/word/0049.html

 ワープロメーカーの皆さんは80年代末には強気の見方をしていましたが、パソコンがネットで繋がり始め、文書の保管・参照・流通がデジタルで可能となり、またメールなど文字でのコミュニケーションが一般化することで、パソコンに道を譲ることになりました。

「ワープロはいずれなくなるか?」30年前のメーカー各社はどう答えた?
https://dime.jp/genre/644604/

 ワープロを少し遅れる形でビジネス利用が始まるパソコンは、日本語処理を武器にしたNECのPC-98シリーズが我が国では独走状態になり、1987年3月には累計出荷台数が100万台を達成、対応ソフトは5千本を超えました。

1980年代パッケージソフト全盛期とアプリの共通点
https://web-sele.com/docs/p132.html

 パソコンのビジネス利用を決定づけたのは、表計算ソフト、ロータス1-2-3というキラーソフトの登場です。私自身が初めて触れたのは、会社が導入したIBMのパソコンでしたが、PC-98にワープロの一太郎と一緒に入れて利用、が当時の定番で、私のような企画マンにとって衝撃のソフトでした。

さようなら!ロータス1−2−3表計算ソフトの歴史  
https://news.yahoo.co.jp/byline/kandatoshiaki/20141003-00039667/

 NECのパソコンは実はゲーム機という側面も持っていて、膨大なゲームソフトが開発され、わが国のおたく文化の基礎を築いたという功績があります。私の2人の息子もゲームのプログラミングでNECのパソコンのお世話になった口で、現在も仕事の傍らゲームの開発を楽しんでいるようです。

PC9801のゲームソフト年表
https://bit.ly/3rRtsdu

時代はバブル景気に沸くざわついた時代でしたが、鉄鋼業はプラザ合意による円高で設備の集約に追い込まれ、私は遊休化した堺製鉄所の開発プロジェクトを担当することとなりました。その時出会ったのが携帯用パソコンで鮮烈デビューを果たした東芝ダイナブックでした。

次回は日本語で守られて独走してきたNECのPC-98が、世界標準機に飲み込まれる過程を見ます。

(経営数理研究所代表 インスウオッチ客員研究員)

 次回> http://cho.eforum.biz/modules/news/article.php?storyid=180


投稿者: webmaster 投稿日時: 2021-3-6 10:07:42 (1031 ヒット)

インスウオッチ Vol.1069 2021.03.08 https://www.inswatch.co.jp/
前回>http://cho.eforum.biz/modules/news/article.php?storyid=177

我が家にパソコン(PC)が初めて入ったのは、NECが1981年11月に発売したPC-6001でした。BASICというプログラミング言語で動き、日本では数多くの第2世代プログラマーが、このPCで育ったと言われています。
https://tomomik452.hatenablog.com/entry/2019/10/02/073325

実は我が家もPC-6001を皮切りにPCが溢れるようになり、ゲームのプログラミングに熱中した2人の息子は、上の息子はメーカーのIT系の研究員に、下の息子は大学の情報系の教員になるはめになりました。

油田開発の仕事を終え、1980年に本社経営企画部にもどり多角化戦略、新規事業企画担当部長となり、その時SHARP PC-1500に出会い、PPM分析で多角化戦略を立てたり、新規事業の事業性評価などに使いました。

PC-1500は私が初めて入手した携帯型のコンピュータで、テンキーでデータ入力が出来るので、コンサルとして独立後も食品スーパーの売場で棚割のデータを収集して、粗利アップの提案に使うなど、結構重宝しました。
http://bluess.style.coocan.jp/computer/pc1500.htm

PC-1500は多色印刷のプロッターでグラフが描けたので、PPM分析でバブルチャートを出力したりして楽しんでいました。PPM分析は、顧客の層別化や営業所のポジション分析など、工夫次第で応用範囲が広く、今はExcelでバブルチャートが簡単に描けますので、ご活用ください。

【Excel】バブルチャートの作り方 営業所のポジション分析
https://mainichi.doda.jp/article/2019/06/05/1652.html
PPMで顧客層別化 保険代理店の経営改革(7)客単価を上げるには? 
http://cho.eforum.biz/modules/news/article.php?storyid=153

1980年代初めは、PCはまだまだビジネス用には使い勝手が悪く、大企業では空調の利いた電算室にメインフレームが鎮座しており、中堅・中小企業にはオフコンという、各社毎に作り込まれた日本独自のシステムが普及、こちらもガラカボス化して、2025年の崖問題を抱えています。

オフコンとは?すぐにリプレースすべき理由
https://www.clouderp.jp/blog/what-is-an-office-computer

ガラパゴス化は我が国ITシステムの宿痾とも言うべきものですが、今話題のワクチン接種で、ひょっとするとその打開策となるのではという動きがありました。国のワクチン接種記録システムを、大手システム会社が2週間という短納期に対応出来なかったようで、ベンチャー企業が受注しました。

ITベンチャーのミラボが3.85億円で受注
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2102/19/news126.html

大手は、上記のオフコンで見たように、注文建築方式で作ったシステムでユーザーを囲い込み、継続的に維持補修でも稼ぐというモデルですが、これが我が国のガラパゴス化の背景にあり、今回それに風穴が開きました。

国の方は、接種実績をリアルタイムで捉える機能にシステムを絞ることで、スモールサクセスを狙っているようですが、今回の発注の成否がデジタル庁の将来に大きく影響しそうなので、蔭ながら旨く行くことを祈っています。

1980年代中ごろになるとPCのビジネス利用がいよいよ本格化します。次回はその辺の事情をお話しします。
 
(経営数理研究所代表 インスウオッチ客員研究員)

次回> http://cho.eforum.biz/modules/news/article.php?storyid=179


投稿者: webmaster 投稿日時: 2021-2-19 10:38:31 (1068 ヒット)

インスウオッチ Vol.1069 2021.02.22 https://www.inswatch.co.jp/
前回>http://cho.eforum.biz/modules/news/article.php?storyid=176
バックナンバー>https://bit.ly/3mi2CJN

 前回お話しした経済企画庁派遣中に八幡・富士の合併があり、今浦島状態で1970年に本社に戻りましたが、その後退職の1994年まで、本業の鉄ではなく、もっぱら新規事業の立ち上げの仕事に携わることになりました。

 この間2つの大きなショックを経験し、時代が大きく変わるさまを目撃しました。オイルショックで高度成長から安定成長へ、バブル崩壊でジャパンアズナンバーワンから失われた30年への転換で、鉄鋼業も〈鉄は国家なり〉から構造不況業種へと様変わりします。

 ITは丁度この時代に集中(メインフレーム)から分散(パソコン)へと舵を切ることになりますが、新規事業の立ち上げの仕事に絡めて、ITで私の経験したことをお話しします。

 企画庁から戻って最初の仕事が、東京湾横断道路(現アクアライン)とセットで新日鉄のおひざ元の木更津・君津後背地を開発するというプロジェクトで、企画庁での経験を生かして地域経済モデルを作って、東京湾横断道路の経済効果を測定するといったことを、メインフレームで進めました。

 モデルでの結論は、後背地の開発には道路と鉄道の併設が必須ということでしたが、本プロジェクトは1973年のオイルショックで中断した後、紆余曲折をへて横断道路は実現しますが、残念ながら鉄道との併設は実現しておらず、後背地の開発(現かずさアカデミアパーク)は旨く進んでいません。
 
調べる学習部門 小学生の部(高学年) 2016年(第20回) 文部科学大臣賞
アクアライン鉄道は実現できるのか?
https://bit.ly/3tA1BzF

 次に関わったプロジェクトは、オイルショックを契機に国策で自主開発原油(日の丸原油)を確保する必要性が叫ばれ、その一環としてスタートしたアブダビ沖の海底油田開発でした。新日鉄のエンジニアリング部隊が関わることになったプロジェクトで貴重な体験をさせてもらいました。

 そこでリモートコンピューティングサービスに出会いました。メインフレームという高価で高機能な計算機を共同で安く利用する計算サービスですが、現在IT利用の主流を占めるクラウドサービスと本質は一緒です。ITは現在分散から再び集中の時代となっていますが、歴史は繰り返すようです。

保毎連載コラム(1998年4月〜外部環境への1視点)油田と顧客の生涯価値
http://www2.biglobe.ne.jp/~cho/columnGK/gk32-.html#p32

 コラムで触れた「Winning」は1992年に米国で出版された古典的名著ですが、当時表計算ソフトで市場を席巻していたLotus 1-2-3でLTVを算出する方法が本書に詳しく載っており、今でも参考になります。以下は「Winning」を参考に、我が国の保険代理店でLTVを算出した事例です。

Inswatch Solution Report 2009.06.12 保険代理店ケースファイル(5)
(有)ユーズネットワーク ネットでお客様を育てる
http://cho.eforum.biz/pdf/200906-69sol.pdf

 油田開発の仕事を終え1980年に本社に戻りますが、いよいよ我が家にもパソコンが入り、個人にもコンピュータが手に届く面白い時代になります。次回はその辺の顛末をお話します。

(経営数理研究所代表 インスウオッチ客員研究員)

次回> http://cho.eforum.biz/modules/news/article.php?storyid=178


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